令和の時代となり様々なものが様々な価値観が変化しています。エ ネルギー源である糖質、脂肪、たんぱく質の捉え方も変化していま す。エネルギーであるブドウ糖かケトン体かということでしょうか 。単純に取れば肉を食えということになるのでしょうがそこまで単 純にしてしまうと環境問題、遺伝子組み換え、土質や変化している 降雨量や温暖化、何より経済的な問題が浮上してくるというあっち をとればこっちが困る。こっちをとればあっちが困るという、これ はいつの時代においても悩ましてくれる課題です。今の時代変化に おいても終身雇用性のメリットは認識しつつも、現実に売り上げや 人材確保となるとあっちもこっちもと同様のことが言えるようです 。誰かの願いが叶うころという宇多田ヒカルの曲があります。この ブログを読んで下さる方は、心優しく慈愛深く思いやりの持てる方が多 いものと思います。自分が自分がというエゴの強い人ならば他人の 事など、他人の立場など、他人の思い悩む事など考えもしないだろ うし思慮深いという言葉の意味さえ考える余裕のない時間が流れて いる事でしょう。というのはプログラム参加者の20代後半の方が 約1ヶ月振りに足を運ばれての第一声にこうした言葉がありました 。自分にとってはあまりに自然であまりに当たり前すぎてなんとも 考えた事のない、いわゆる無意識に自覚なしにすごく当たり前にや っている事が、実は自分以外の人にとってみると、すごい余計なお 世話ででしゃばりで押し付けで、いわゆるコントロールだったみた いな自分の正義感なんだなと気づいたというのです。 プログラムでいう自己正当化のトリックなんて、絶対に絶対に認めるものかと強く思って いた私が、この私が、この私の心が折れてしまったとの事でした。 これはすごい事だとこちらは思います。こう書くと、お前何言って んだとかあの人にできて私はできないわとか言って、なんだか一層 深くネガティブな思いに駆られる方もおられるかもしれません。実 は当の当事者自身がそうした思いを何度となく何十回と同じ事を繰 り返し重ねてきた事で、はじめて気づかれた事だと思われます。小 笠原理論の表面だけ知っている方では得られないものかと思われま す。何気なくとかなんとなくとか良かれと思って…というのが、実 は人によってはとんでもない事だったりするものなのかもしれませ ん。それがあらかじめ分かるだけの感覚の持ち主だとしたら…。